藤井 映志
従来のセラミック材料の開発では金属イオン(カチオン)に着目し,主に異種カチオンの固溶添加により機能発現を制御してきました.これに対し,酸素に対する窒素やフッ素の添加,水素アニオンの利用,異種アニオンを用いた新構造の創出等,アニオンに着目した新物質開発手法が近年注目を集めています.複数のアニオンを導入することで配位結合状態や原子配列・構造次元性に新たな自由度がもたらされ,新奇物性の発現につながることが期待されます.本特集では,「複合アニオン化合物」に関する新しい物質開発,分析手法,機能開拓に関する最新の研究開発動向を紹介します. (特集担当委員:桑原彰秀)
陰山 洋
複合アニオンに関する総説.CaH2を水素化源に用いたBaTiO3の酸水素化物合成,酸水素化物を出発材料にした酸窒化物系ペロブスカイト型化合物の合成等,近年の複合アニオン化合物に関する先駆的研究を包括して紹介する.
吉川 信一
周期表の上で隣接する元素のアニオンからなる酸窒化物や酸フッ化物では,構成アニオンのサイズやX線散乱能が似ており,X線回折では見分けがつきにくく,単に混在していると考えられがちである.ところが酸素と窒素では金属カチオンとの化学結合における共有結合性の度合いがかなり異なるため,特徴的な局所構造が生じる.酸窒化物ではこれにより特異な強誘電体,大きな臨界電流値をもつ超伝導体,プラズモニクス等の新奇材料が登場している.
荻野 拓
複合アニオン化合物は,構成元素や構造に非常に柔軟性に富み,さまざまな物性を示す.本稿ではペロブスカイト酸化物層を含む層状の複合アニオン化合物について,相生成条件および光学特性について報告する.
前田 和彦
金属酸化物の酸素を窒素で置換した酸窒化物が,優れた可視光応答型光触媒になることが近年明らかとなってきた.本稿では,酸窒化物を光触媒とした水分解反応およびCO2還元反応について紹介する.
小林 亮・加藤 英樹・垣花 眞人
発見した新規複合アニオン化合物BaYSi2O5Nの構造とその蛍光体母体としての可能性等について紹介する.
三上 昌義
白色LED蛍光体の探索・開発では,母体の共有性~イオン性を変えることによる発光特性設計が試みられている.本稿では理論化学の観点から,複合アニオン化合物蛍光体を概観する.
森 孝雄
複合アニオンを活用することにより,相反する物性に依存する熱電性能の高性能化や,通常のモジュールに必須であるp,n材料対を揃える制御性等が得られることに関して,いくつかの代表例を挙げてレビューする.
小林 玄器
H−の電荷担体としての特徴とH−導電体の研究背景について解説し,最近見いだしたH−導電体La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-yの合成,結晶構造,イオン導電特性と電気化学デバイスへの応用可能性について紹介する.
松石 聡
複合アニオンという観点から,酸素サイトの一部を水素のアニオン(H−,ヒドリド)で置換することでLnO層を複合アニオン化したLnTMPnO1−xHxの電子状態や合成法を紹介したのち,LnFeAsO1−xHx超伝導体における水素アニオン置換の効果を紹介する.
林 克郎
多様なアニオンの包接が見いだされるマイエナイト12CaO7·Al2O3結晶は,酸化物結晶中での水素化物イオンの認識の契機となった.マイエナイト中での酸素,水素にかかわる性質をアパタイトやハイドロガーネットとの類似性も交えて紹介する.
八島 正知
複合アニオン化合物の結晶構造と電子密度分布の面白さと解析の難しさを説明する.電子密度解析により複合アニオン化合物の多彩な化学結合と不規則性(disordering)を可視化できる.中性子回折により酸窒化物ではOとNの多彩な占有規則/不規則性(occupational ordering/disordering)を調べることができる.
桑原 彰秀・設樂 一希
近年発展の著しい第一原理計算による種々の配置状態に対する系統的かつ網羅的なエネルギー状態の定量評価を通じて,複合アニオン化合物における特異な配位環境や特徴的な化学結合状態を解明した研究例を紹介する.